生まれ育った
暮らしやすい
地元へ

地元愛がありUターンした下村賢太郎さん。
神奈川県から地元・浜田市に戻り3年、
社会人としてたくましくなった。

都会の人混みが
苦手だとわかった

県外へ出ようと大学は神奈川県へ。
しかし暮らしてはじめて都会の人混みが苦手なのだと分かった。

ゆくゆくは
地元・浜田市に帰りたいと思っていた

いつか実家に帰り、 地元の企業で働こうと思っていた。

県外へ出てみたが
都会の喧騒が
苦手だった

 下村賢太郎さんは子どもの頃、野球に明け暮れて育ったスポーツ少年だった。その後、神奈川県の大学へ進学したが、元々のんびりとした性格のため、人が多くセカセカした都会の暮らしに馴染めなかった。いずれは地元に帰ろうと思っていた。

 就活時期になると周囲が動き出し、もう少し都会で頑張ろうと試み就職するが、仕事が合わなく、やはり地元に戻ろうと思った。

都会での暮らしも
仕事も性に合わない…

学生時代はまだよかったが、社会人になると一層、アクセクした生活となった。

ふるさと島根定住財団などから
就職先の情報とサポートを

 神奈川県での仕事をキッパリ辞め、にほんばし島根館へ、島根県の就職情報を聞きに行った。すぐ「くらしまねっと」に登録して地元・浜田市の職を検索した。しかし希望に該当する仕事がなく、松江市や出雲市で仕事を探すことにした。一度帰省し、ふるさと島根定住財団へ相談しに行き、企業訪問を行った。その同時期に、定住財団と知人から浜田ガス㈱が社員を募集していることを聞き、面接へ。見事、採用され仕事が決まった。

移住の決め手

地元暮らしは心地よく
好きな野球もできた

Point 01
生まれ育った地は
やはり暮らしやすい

地元へ帰ることは、絶対的な安心感がある。小さな町で、環境も良く住みやすい。それに友だちも多く地元で暮らしている。

Point 02
社会人チームに入り
野球がしたかった

就職先の浜田ガスは野球チームがある。子どものころから野球をしていたため、働きながら野球をプレイしたい気持ちがあった。

就職先が見つかり
地元に戻ることができた!

様々な機会から情報を得て、
実家がある浜田市で就職することができた。

体を動かすことが好き。
自然の中でプレイできる
ゴルフもはじめる!

もともと野球をすることが好きで、Uターンしてから友だちに誘われてゴルフもはじめた。
今は会社の先輩たちと県内のゴルフ場へ行きコースを回っている。

浜田ガスの野球チームに入り
ブルーのユニフォームを着て
ガス会社対抗大会に出ている!

移住者 File 03

名前
下村賢太郎さん  25歳
家族構成
4人 父(60代)、母(60代)、姉(20代)  
出身
島根県浜田市
移住のきっかけ
地元島根に帰ろうと思っていた

移住前

住所
神奈川県
職業
不動産会社
間取り・家賃
1LDK 5万円
趣味
野球
生活環境
神奈川県の大学へ入学し、体育の教員免許を取得。不動産会社へ就職するが数カ月で退社した。地元に帰りたい思いが募る。

移住後

住所
島根県浜田市
職業
ガス会社
間取り・家賃
実家
趣味
野球・ゴルフ
生活環境
の変化
浜田ガスへ就職し、外回りの仕事が自分に合っていると実感。お客様のところで話がはずみ、お茶をごちそうになることも。

くらしまねっと会員登録

しまねUIターンポータルサイト「くらしまねっと」に登録し、無料職業紹介スタッフから求人情報を得る。企業での面接時に片道分の交通費助成を受けた。
くらしまねっと 会員登録ページへ

しまねUIターン情報誌 BeanS vol.63