
日本海に浮かぶ隠岐諸島の一つ、隠岐の島町。自然がつくり出す雄大な景観や、島に根づく伝統など、この島の持つ魅力を観光業を通して伝えているのが、「隠あい心(おあいこ)株式会社」代表の早川隆さんだ。
早川さんは高校卒業後、広島県で旅行業を学び、山口県の旅行会社で経験を積んだ。そして、「いつか隠岐に帰り、観光業で旗を揚げたい」という昔からの夢を叶えるため、40歳の節目に家族とともに隠岐へ戻ってきた。約20年ぶりの故郷は、幼い頃に見ていた町とは少しずつ姿を変えていたが、島の人たちは早川さん一家を温かく迎え入れた。「住む場所も、次々と広がる仕事も、家族や知人、地域の人たちとのつながりがあったからこそ」と早川さんは嬉しそうに話す。

利益や生産性だけじゃない
「誰かの笑顔」が原動力
早川さんの仕事は、ひとつの肩書きでは収まりきらない。月に10回ほど行われる「観光牛突き」の日は朝からモーモードームへ向かい、実況ガイドを務める。そして20分ほどの取組の後は、地域の人たちとおしゃべりを楽しむのが恒例だ。他愛のない会話に見えても、早川さんにとっては地域の今を知り、島の先輩たちとの関係を育てる大切なひとときだ。
会社に戻れば、旅行日程表の作成、隠岐諸島のガイド、ジオパーク関連業務、さらには移住定住の相談窓口や伝統民謡のマネジメントまで、担う役割は数え切れない。「プライベートな時間は基本ありません」と早川さんは笑うが、その言葉に悲壮感はない。人に喜んでもらうために動き、必要とされればできる限り手を差し伸べる。誰かの笑顔が早川さんのモチベーションなのだ。
かつて島で懸命に働いていた両親の背中を見て育ったように、自分もまた、誰かのために汗を流す姿を子どもたちに見せたいと早川さんは語る。「妻や子どもたちがいてくれるから外で頑張れる。本当に感謝しています」

自宅からほど近い玉若酢命神社へ。手をつなぎ、おしゃべりしながら歩く楽しいひととき。
自然と笑顔になれる場所
故郷だからこその安心感
外に出たからこそ気づけた島の魅力もある。隠岐で生まれ育ちながら、当時は知らなかった島の素晴らしさが、県外での経験や、帰島後の仕事を通して新たに見えてきた。「知るたびに、島を好きになるんです」と早川さんは声を弾ませる。生まれた場所の良さを知らないまま過ごすのはもったいない。だからこそ、観光客だけでなく島の子どもたちや島外で暮らす人々へも、隠岐の面白さを伝えていきたいと話す。隠岐の島町の魅力を尋ねると、早川さんは「安心できる島」と答えた。家族や顔なじみがいて、自然と笑顔になれる場所、ふるさとだからこその安心感がそこにはある。
会社名の「隠あい心」には、隠岐四島をお互いさまの関係で結びたいという思いが込められている。ゆくゆくは担い手を育て、観光だけでなく地域活性化につなげるのが目標だ。
仕事に頼まれごとにと、休む間もない早川さんの一日。しかし、その一つひとつが島との絆を深め、自分の役割を実感する手応えになっている。「お前が帰ってきてくれて助かる」。そう言ってくれる地域の人たち、支えてくれる家族、そして自分を育ててくれた島に、今度は自分が恩返しをしていきたい。その思いを胸に、早川さんはこれからも島の魅力を伝え続けていく。


約800年の歴史を持つ「隠岐の牛突き」は日本最古の闘牛といわれる。迫力ある取組の後は、地域の先輩たちとの談笑の時間。早川さんにとっては皆、父のように温かく見守ってくれる存在だ。




隠岐の自然や歴史、土地に息づく物語をガイドする早川さん。「外に出たからこそ気づいた魅力を伝えたい」と語る。休日は玉若酢命神社境内の西側丘陵へ。豊かな自然の中で家族と遊ぶ時間が、日々の活力になっている。






