
由井さん夫妻の一日は、淹れたてのコーヒーを味わうことから始まる。ベランダの野菜に水をやり、その日の予定を確かめ合う。そんな心地よい朝のひとときが、海のまちで暮らす二人の日常だ。
夫の辰さんは長野県出身。大学進学を機に浜田市へ移り住み、サーフィンやライフセービングと出会った。そして地元の海を愛する人たちとの交流を通して、海のある暮らしに魅了されていった。卒業後は都内で就職し、満員電車に揺られ仕事に追われる日々。休日になると片道2時間かけて茅ヶ崎へ通い、人でにぎわう海で仲間とサーフィンを楽しんでいたという。
そんな生活の中で、心の片隅にあったのは浜田で過ごした時間だった。「毎年夏になると浜田へ遊びに来ていました。浜田の人たちは、みんなで仕事をして、みんなで汗を流している。その姿がとても楽しそうに見えたんです」と辰さんは振り返る。
ただ収入を得るためだけに働くのではなく、仕事も人とのつながりも、暮らしの一部として楽しむ。そんな生き方に惹かれ、辰さんは浜田への移住を決意し、令和5年に浜田市へ戻ってきた。当時交際していた栞奈さんも同年9月に移住し、二人はこの町で結婚。浜田での新しい人生を歩み出した。

海と夕日、人の温かさ
心ほどける浜田の暮らし
移住して大きく変わったのは一日の過ごし方だ。東京時代は朝早く家を出て、夜遅くに帰宅する仕事中心の毎日だった。今では夕方5時半頃には帰宅でき、日の長い夏には、そのままボードを抱えて海へと向かう。
栞奈さんも、辰さんの仲間たちに支えられ、浜田での暮らしに少しずつ馴染んでいった。時間に追われていた都会での生活とは異なり、今では家庭菜園やパン作りなど、手間をかける楽しさを見つけたという。休日には、朝から二人で海に行ってサーフィンを楽しんだり、浜辺で栞奈さんの手作りパンを食べたりとスローライフを満喫する。「水平線の向こうへ沈んでいく夕日を、いつまでも眺めていられる。ここでは、ゆっくり夜が来るように感じます」と栞奈さんは微笑む。
移住前は仕事の愚痴をこぼし合うことも多かった二人。今ではその日の出来事や次の休日について、和やかに語り合う時間へと変化していった。

日本海を一望する「赤鼻展望台」。二人がウェディングフォトを撮影した思い出の場所だ。
ゆったりと満ちていく日々を
海のまちで重ねていく
現在、辰さんは夏のライフセービングや天然海塩の製造など、海に関わる仕事に携わっている。「地域の子どもたちにも海の楽しさを伝え、次の世代へつないでいきたい」と思いを語る。
大勢の人が足早に行き交う都会では、自分まで急かされているような気持ちになり、他人の暮らしと比べてしまうこともあった。だが浜田では、周囲の目を必要以上に気にせず、自分たちのペースで暮らせるようになったという。近所の人と顔を合わせれば、自然と足を止めて言葉を交わす。都会では素通りしていたような日常のひとコマが、今では人との距離を縮める温かな時間に変わった。
時計が刻む一日の長さは、東京も浜田も変わらない。しかし、由井さん夫妻の一日には、コーヒーの香りと土に触れる朝があり、波の力を感じながら、水平線に沈む太陽を見送る夕暮れがある。ゆっくりと満ちていく潮のように、二人の浜田での日々は、これからも穏やかに豊かな時間を満たしていく。



ベランダの菜園で育てた野菜を収穫し、丁寧に淹れたコーヒーを二人で味わう。日々の小さな楽しみに手をかけながら、自分たちのペースで心豊かな時間を重ねている。

夏は海水浴客を見守るライフセーバーとして活躍する辰さん。海の安全を支えるため、日々浜辺を駆けまわる。



休日は朝から二人で海へと向かう。波に身を委ねてサーフィンを楽しんだ後は、潮風と波音に包まれながら、栞奈さんの手作りパンを頬張る。特別なことはなくても、二人で笑い合うひとときが、何より心を満たしてくれる。






