アパレル業界でキャリアを積み、
第一線で活躍していた阿川彩世子さん。
大切な人と自身の望む幸せのために、
ふるさと出雲へ戻った。
自身を見つめ直す中で、
新しい輝きを放ち始めている。
充実の中で立ち止まった…
「今、満足してる?」
島根県出雲市で生まれ育った阿川さん。大学卒業後、就職したのは大手アパレル企業だった。国内外のブランドを取り扱う首都圏の新店に配属され、入社2年目にして売り上げトップに。商品開発、社員育成、イベント企画などに携わり、5年ほど経つ頃には全国の店舗を回って接客指導も行っていた。夢だったファッション業界。顧客が喜ぶ姿を見られ、実績を着実に残し、充実した日々だった。「仕事の醍醐味を知り、そこから得たものは人生の中で大きな収穫でした」と当時を振り返る。
実りある日々だったが、仕事最優先で全ての時間を捧げていたためプライベートは後回しに。20代後半に差し掛かり、ふと疑問が浮かんだ。「本当に求める生活を手に入れられるのか、本当に求める人生は何か…、考えるようになりました。実績や評価を得て充実しているものの、満たされていない自分がいると気づいたんです」。交際相手のことも気にかかっていた。高校時代からの仲で、10年近くの遠距離恋愛。ずっと島根で待っていてくれたのだ。彼の方が東京に転勤して結婚するという選択を提案されたこともあった。「でも、仕事人間の私がこのまま結婚したら、家庭が疎かになるのが目に見えていました。彼と一緒に家庭を築いて幸せになること、打ち込める仕事で幸せを感じること、どちらも大切にできる道を考え、まずは故郷に帰ろうと決めました」
ふるさとでもう一度会えた、
ありのままの自分
交際相手と入籍し、あえて転職先は決めずにUターン。「一度全てをゼロに戻したいと思ったんです。自分と向き合って見えてくるものが必ずあるはず。その時間を持つことにしました」。ふるさとに戻ってからは、昔から馴染みのある場所を訪れ、友人と語り合い、自身のルーツを追って過ごした。「会社員時代は目の前の人を喜ばせることに一生懸命で、そこには〝相手に望まれる私〟しかいなかった。本当の自分は置いてきぼりだったのに気づきました。ふるさとの友人たちは、ありのままの私を見てくれたんです」
現在は、前職で得た色彩の知識や空間コーディネートのスキルを活かし、住宅メーカーで内装プランを担当している。「マイホームは一生に一度の買い物。そこに施主さんがかける思いはとても強い。私が培ったセンスをシェアして喜んでもらい、繋がりを得る。これはアパレルの仕事にも共通する要素です」
我が子に贈る、
選択肢とみんなに愛された記憶
結婚後間もなく子どもに恵まれた。出雲市は産院の選択肢が多く、安心して出産できたそうだ。首都圏では子どもを保育園に入れられず悩む人の姿を多く目にしていたが、地元では方針によって園を選べるほど保育環境に余裕がある。息子さんが入園したのは、阿川さん自身が幼い頃に通っていた保育園。「お世話になった先生もいて歓迎ムード!広い遊び場があって裸足で思い切り走れ、子ども一人一人の個性を伸ばそうという方針にも惹かれて選びました」。出雲市は保育園・幼稚園から中等教育まで充実し、スポーツ系が盛んな学校や、音楽や美術の専門コースがある学校などがあるのもメリット。選択によっては隣の松江市の学校を選んで通学することも可能だ。「夫は子どもの頃、バスケットボールがやりたくて当時強豪だった私立中学を選びました。息子もやりたいことが決まったら自由に選ばせてやりたいです」
人のあたたかさも出雲の魅力だと阿川さんは言う。息子さんが泣いていても、近所の人は迷惑そうなそぶりは微塵も見せず「元気でいいねえ!」と笑う。都会のマンション暮らしなら、隣人を気にして早く泣き止ませようとやっきになっていたかもしれない。「親子で散歩をしていると、近くのおじいちゃんおばあちゃんたちが声をかけてくれます。この地域はみんなで子どもを育てているんですよね。安心感があるし、子どもの中には地域の人に愛されていたことがずっと残っていくはずです」
アウトドアもシティライフも
家族で楽しめる街
選択肢の多い環境は阿川さん自身にもプラスになっている。「私がつきっきりでなくても、夫と息子だけで楽しく過ごせる場所がたくさんあります。ちょっとぐずったら川辺を散歩したり、虫を探しに行ったり。私は自分の時間を持て、心にゆとりができています。精神的にも物理的にも負担が少ないですね」。内面を見つめインスピレーションを得る時間を得られているそうだ。家族と協力して子育てをしながら、自身の仕事や趣味に打ち込みたい女性には最適な環境と言える。
おでかけ先の選択肢の多様さも子育てにはプラス要素。島根は公共交通機関を使わなくても車でどこにでも行け、大型遊具完備の公園、ピクニックできる広場、自然に触れられるスポットがそこらじゅうにありレジャーには困らない。一方で市街地には開発が進むエリアもあり、国内外のブランドを取り扱うセレクトショップや、UIターン者の経営するこだわりのカフェといった大人が楽しめるスポットも増えている。阿川家の休日はそのどちらも満喫するスタイル。息子さんには、好奇心を刺激する遊び場にも、洗練された世界にも触れ、感性を磨いてほしいと語る。
培ってきたものを、
この地に生きる誰かのために
阿川さんは自宅の空間デザインを自身で手がけた。備忘録がわりに写真をインスタグラムで公開したところ、阿川さんの綴る言葉に共感し「表現が素敵」「元気をもらった」とリプライをする人が増えはじめた。そこで思い出したことがある。「昔から文章を書くことが好きだったと気づきました。Uターンしてから再会した友人にも『学生の頃は文章が得意で、弁論大会に出たりしていたよね』とも言われて…」
仕事やプライベートで島根の起業家やフリーランスの事業者と出会う中でも発見があった。「業績や動員といった成果ではなく、自分にしかできないことを理解し『人のために何かしたい』という思いを起点に活動している人ばかりなんです。私が求めていたことはこれだ!と気づきました」。自身の能力・経験、文章での発信、誰かのために力を活かしたいという思い。それぞれがつながったのだ。
地方は、既存の価値観を押し付ける空気が漂いがちで、それが若者が都会に出て行く原因の一つになっていると言われている。だが阿川さんは、問題は環境ではないと考える。「型にはめようとする空気を突破するパワーがあるなら、力を認められるのはないでしょうか。ただ、みんなその方法が分からないだけ。そういった人たちに私が伝えられるものがあればと思います」。今後はSNSだけでなく、エッセイやコラムでの発信や、前職で関わりのあった人と共同でセミナーなどを考えているそうだ。
阿川さんはふるさとの暮らしの中に喜びを見出し、自身の選択で理想に向かって輝こうとしている。等身大の自分を知り、誰かのために力を惜しまず、家庭も大切にする。彼女が歩み始めた〝理想〟のライフスタイルは、地方で悩みを抱える人の灯火になっていくはずだ。
- 阿川彩世子さん
- 島根県出雲市出身。アパレル企業に就職し、関東の店舗を中心に商品開発や社員教育などに携わる。結婚を機にUターンし、子育てをしながら住宅メーカーに勤務。 ※掲載記事は取材時点の情報となります。