名前を呼ばれ
自分の存在
を感じる。

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中国山地に位置し、広島県との県境にある
小さな町・吉賀町柿木村。
そこに移住した円山洋輔さん。
自転車で地域に出かけ、村の人たちや子どもたちと
触れ合いながら田舎暮らしに溶け込んでいる。

20歳代で田舎暮らし
将来の目標を1つクリア!

「公民館の円山さんだーー!」と小学生から声をかけられるのは、村内を自転車で走り回っている円山洋輔さんだ。吉賀町柿木村公民館の主事を務めている。

円山さんが柿木村へ移住したのは2年前。当時、大阪の大学で地域活動の勉強をしていたことから、福祉仕事の傍ら、地域活動のボランティアを行っていた。その活動で出会った人から、吉賀町を流れる清流・高津川での鮎釣りの話を聞いたことがきっかけとなった。

「その人から吉賀町の自然の素晴らしさを熱弁されたのですが、自分は全く知らない地域だったので『自分が無知なのかな?』と思ってました(笑)。話を聞いていると柿木村での暮らしがおもしろそうで、付き添って来たのです」と話す。円山さんは物心付いたときから名古屋や大阪のビル群がある町で暮らしていたが、特に満員電車など人の多い場所が苦手で、都会地より自然の中に身を置くことの方が好きだったのだ。「田舎暮らしに憧れてはいたのですが、それは定年後や隠居したときにと思ってました。まさか20代でココに来るとは!」と笑う。

仕事なのかプライベートなのか
子どもと思いっきり自然遊び。

円山さんは仕事とプライベートの境目がない。「地域に根付き、地域貢献をする」ために柿木村に来たからだ。 「公民館で仕事ができることは本当にラッキーでした。公民館だと村民に近い立場や距離で皆さんと接することができます」と話す円山さん。目的があって移住を決意したからこそ暮らし方も自身のことより「地域を盛り上げる」ことが優先となる。最初に問題意識が芽生えたのは移住して1年経った頃だった。

「こっちに来る前は僕の中の田舎の子どもたちは、夏は虫網持って虫取りをしたり、川遊びをしたりするとか、自然の中で思いっきり遊んでるイメージ。でも来たら全然違うんです。都会の子と同じように家の中でゲームして YouTubeも見てる。これってもったいないと思ったんです」と円山さんは話す。

将来、子どもたちが都会に出たときに、都会の子と同じ暮らしをしていると経験値で劣ってしまう。自然あふれる中で暮らしているからこそ、ここでしかできない経験を積んで、いずれ都会に出たときに都会の子と田舎の子とがお互い補えるあえる人間になればいいと考えた。
「自分は毎日『今日も高津川キレイだなー。自然がいっぱいでイイなー。』と思いながら生活しています。この大自然の中で暮らしている幸せを子どもたちに気付いてもらいたいんです。それが私の役目です」と円山さんは話す。

そこで小学生を対象に自然遊びを軸とした「プレーパーク」を毎月1回行っている。お年寄りが子どもの頃に遊んでいた小高い山にある空き地を借りて、そこに秘密基地をつくったり、夏は川で泳いだり、橋から川へ飛び込んだり。子どもが自然の中でカラダを動かし、目を輝かせ楽しんでいることに喜びを感じる円山さん。公民館という地域密着の受け皿の中で自由に活動を行っている。

みんなが知っている
頼もしい村の息子。

「円山くんー、ちょっと来て手伝って!」と公民館の一室から声がする。その声は70代には見えない元気な地域の女性だ。おいしい珈琲をもらったので公民館の人たちに飲んでほしいとやってきたのだ。

「円山くん、今日はどこへ行くんか?」と公民館長が声をかける。館長は円山さんをいつも見守る父親のような存在だ。

そうかと思えば「円山さんー、この前うちの子がねーーー」と、男の子5人の子どもを持つお母さんが保育園のお迎えの途中に公民館へやってきて相談を持ちかける。そう、彼は地域の貴重な若者の一人であり、村民にとって息子、孫のような存在。彼を知らない人はこの村にはいない。

また公民館の近くにある日帰り温泉によく行く。帰ろうとすると円山さんの車の上に何かを包んだ新聞紙がのっかっている。その中には水菜がどっさり。「あ、〇〇さんの車があったから、おすそわけしてくれたんだろうな」と、だいたいの予想が付く。心があたたかくなる田舎あるあるである。

「公民館では『主事』なんですが、役職で呼ばれるのは嫌いなんです。『円山』の名前を呼んでもらうことが嬉しくて、自分が受け入れられているというバロメーターだと思っています。小さな子どもたちからお年寄りの人まで『円山さん、円山くん、まるちゃん』と呼んでもらうことが一番の幸せです」と話す。

いつでもどこでも
「円山さんーーー」

円山さんの行動力はスゴイ。そしていつも呼び止められている。公民館にはほとんどおらず、館の隣にある保育園に行っては子どもたちと遊んだり、自転車で小学校へ行って先生や子どもたちと顔を合わせたり。小学校の課外事業があれば一緒に行き、今では先生から「円山くん、今度川へ行って『ガサガサ(川の生物観察)』をするんだけど一緒に行かない?」と誘われる。

地元の民生委員さんからは「学校で登山があるから行ってみては?」と情報をもらえる。地域の人が円山さんの活動を応援しているのだ。

自転車に乗っていると「まるちゃん!大根があるよ」と声をかけられる。下校中の子どもたちを見守っていると「円山さん~」と、またもや声をかけられる。円山さんのほのぼのとした笑顔が地域の人たちの心を開かせている。

「皆さんに良くしてもらえて、本当に感謝しています。ずっと、もらってばかりで自分がどう恩返しできるか? 皆さんのために何ができるか? これから探していきたいと思います」と円山さん。まだまだ地域のために奮闘中だ。

円山洋輔さん
円山洋輔さん
神戸出身。父親の転勤で明石市や名古屋市へ引っ越す。大阪の大学で地域で暮らしながら、一緒に地域を盛り上げる活動を行っていたことから、福祉仕事をしながらボランティア活動を行う。2年前に吉賀町柿木村に移住し、本格的に地域活動をはじめた。 ※掲載記事は取材時点の情報となります。

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