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大切な時間を取り戻せた
自分らしい〝複業〟スタイル

東京から隠岐・海士町へIターンし、
定置網で働く雪野瞭治さん。
真冬の夜明け前から漁船に乗り込み、
仲間らと網を引き揚げる姿は漁師そのものだが、
専業漁師ではない。
漁業の他に異分野の仕事も複数こなす、
いわゆるパラレルワーカーだ。
「家族と過ごせる時間ができて、
今の暮らしが最高!」
この言葉が、島で手に入れた幸せを物語っている。

都会の科学者が田舎の離島へ。
しかも漁師に!

 パラレルワーカーとは、いくつかの企業や組織で仕事をもつ人のこと。メイン(本業)に加えてサブの仕事もする副業とは違い、複数の仕事を組み合わせて同時並行的に行う複業だ。コロナ禍で、テレワークやワーケーションなど働き方が多様化し、一つの仕事に縛られないパラレルワークにも注目が集まっている。
 その流れを受けて斬新な仕組みをスタートさせたのが、人口約2300人の過疎の島、海士町だ。同町では10年以上も前から、各産業の深刻な担い手不足を解消するために独自のマルチワーカー制度を運用しており、その事例をモデルにした、過疎地への移住と就業を後押しする新しい法律が2020年に成立(6月施行)。新法に基づく「特定地域づくり事業協同組合制度」を全国に先駆けて活用し、同年10月、海士町複業協同組合(以下、複業組合)が誕生した。

 その翌月に島へ移住し、第1号の職員となったのが雪野さんだ。
 雪野さんは、電気電子情報工学の分野に精通した技術者であり科学者。東京の戦略デザインコンサルティング会社では、技術や科学の視点を軸に様々な事業の支援に関わり、やりがいもあった。だが、「一次産業から三次産業に至るまでの現場を自分の目で見て、聞いて、感じることが20代の今の自分には必要ではないか。現場に出たい。挑戦したい」との想いを抑えきれず、退職を決意。ちょうど娘が生まれ、子育ての面でも都会暮らしの限界を感じていた矢先に、たまたま知人の紹介で海士町を知る。地方創生の最先端とも言われる、移住者が多い離島。折しも全国初の複業組合が誕生したばかりという。「…面白そうじゃないか」。雪野さんの好奇心とチャレンジ魂に火が付いた。
 複業組合の職員は、各人の希望と現場ニーズとを調整して、島内の様々な事業所へ派遣される。島では季節ごとに忙しい産業が変わる。例えば、養殖岩がきが旬を迎える春には岩がきの工場。春からの観光シーズンにはレストランやホテル、観光協会。白イカが旬の夏~秋や、シマメ(スルメイカ)が旬の冬~春には定置網や水産加工の工場が忙しくなる。よって組合では季節に応じ、人手が足りない場所に効率的に労働力を分配する。勤務日程は職種によって違うが、定時があり、給与は組合から月給で支払われる。
 雪野さんの1年目のサイクルはこうだ。2021年1月から3月までは漁師として定置網漁。4月からは水産物の冷凍加工販売の会社で通販サイト運営や営業企画に携わり、さらに5月からは別の会社の地域づくり事業にも同時に従事して2カ所で複業。9月にはコンサルティング業務を行う「雪野技術」を自ら開業し、個人でも仕事を請けられる体制を整えた。そして10月からは再び定置網へ。漁師「2周目」というわけだ。
 季節とともに働く場所を変え、いろんな仕事を掛け合わせてその人なりに編んでいく。その意味で、複業組合の働き方は“AMU(編む)WORK”と名付けられている。2022年1月現在、海士町のAMU WORKER(複業組合職員)は6名。全員がIターンの若者で、29歳の雪野さんが最年長。季節ごとの他、午前と午後で仕事を変えたり、週2日は観光業で3日は食品加工業という人もいる。雪野さんは、シマメの旬が終わる春までは週3日が漁師、残りの日は個人でWeb関連業務。春が来たら、今年は岩がきの工場に初挑戦しようと考えている。

漁師の素晴らしさに開眼。
「一日が2回あるようだ」

 雪野さんが島で最初に選んだ仕事は、海と全身全霊で対峙する、漁師。理由は明確で、「最も現場を学べると思ったから」。だが実際になってみると、想定外の感動が待っていた。極寒の中、漁船の上から見た日の出の神々しさに息を呑み、「こんなにも美しい仕事があったのか…!」とショックを受けた。
 「漁師という仕事の概念がひっくり返った。全方位を自然に包まれ、地球の営みを目の当たりにし、人の手が加わっていない完璧な美しさに触れられる仕事って他に無いのでは。しかも島の基幹産業。外貨を獲得するだけではなくて、島民の食卓に魚を届け、島の食文化を守る、尊い仕事です。魚の選別や箱詰めなど作業はどれも難しく、頭も使うし体力的にもキツいですが、必死で働いた後には、まるでサウナで心身が整うようにスッキリ。体を動かすことはストレス解消に直結します。東京ではわざわざジムに通っていたけど、もうそんな必要はありません(笑)」
 島で漁師になって、季節がうつろうグラデーションを五感で感じ取れるようになったことにも驚いたという。日の出の時刻が、イカの食感が、とれる魚種が、季節の微妙な変化を知らせてくれるのだ。「3月下旬になるとシマメが柔らかくフカフカした食感になり、サイズも小さくなって最後にはとれなくなる。隠岐の冬はイカと共に来てイカと共に去りますね、本当に。そしてタイやイサキがとれ始める。海の中が変わるんですね」

【シマメ丼】 隠岐ではシマメ(スルメイカ)の旬は冬。朝獲れの身を、脂がのった肝ごと酒と醤油で和えていただく漁師メシは絶品。

 自分を取り巻く多くのことが激変した。中でも、漁師になって得られた最大のメリットは、「子どもと過ごせる時間をつくれたことです!」と嬉しそうに断言する。「子育てが本当にしやすい。漁師の仕事は始まるのが早いけど終わるのも早いので、まるで一日が2回あるよう。ちゃんと働きながら、午後には子どもと一緒の時間もたっぷり取れる。こんな生活リズムが可能なんだ!と感激しました。子育てで大切な1~2歳の時期を、夫婦そろって心穏やかに見られることが何よりの幸せ。都会にいたらあり得なかった。でもこれこそが本来あるべき日常ではないでしょうか。収入面ではまだ不安もありますが、工夫の余地はありますし、暮らしという意味では最高の生活を手に入れた気分です」

複業のメリットを実感。
組織内でも得がたい存在に

 短期間で別の仕事に移ることには難点もある。新しい職場での人間関係や業務内容を把握するのは大変だ。だが、「いろんな事業所の現場の苦労を知られるのはとても勉強になる」と雪野さんは語る。それぞれの仕事が緩やかにリンクしていることも多く、あちらの経験や知識がこちらで生きる、ということもよくある。複業を通じてさまざまな人と交流し、多様な価値観に触れることは、自身の成長にもなる。
 一つ一つの作業に真摯に向き合う雪野さんの人柄は現場でも伝わっている。先輩漁師からは、「教えることを真剣に聞いてコツコツ確実に身につけていくのがすごい。作業が丁寧なので助かっています」との声。複業組合事務局長の評価も上々で、「科学者の頭脳がありつつ、アクティブで現場主義なところがいい。人の話によく耳を傾け、実践し、泥臭いこともまじめに続けることができる点が、若い職員たちのお手本です」と、既に頼られる存在だ。派遣業ゆえに職員が集合しにくく、月1回の定例会が貴重な機会となっているが、そこでも雪野さんの存在が光る。自分が現場で知った苦労や学びを言語化して共有するのが上手なので、他の職員のモチベーションにつながっているという。

島でのパラレルワークで見つけた、
自分らしさ

 働き方を複業に変えてから、「何だか雪野くんっぽい」、「めちゃくちゃ楽しんでるね」と言われることが増えたそうだ。“頭脳派”の技術者や科学者、コンサルタントとしての一面。“肉体派”の漁師としての一面、そして子育てする父親としての一面。自分の使いたいように時間を使えるおかげで、多面的な自分を総動員でき、潜在能力まで引き出されたのだろうか、仕事のパフォーマンスも上がった。
 島民の協力を得て研究に挑戦し始めたテーマもある。例えば、ウイスキーやワインを水深50mの海底に沈めて数ヶ月熟成させることで、より美味しく変化させる実験。また、特殊な方法で紫外線を照射することで藻の発生を抑制する実験も行っている。どちらもまだ趣味の段階だと笑うが、新たな産業に育つ可能性はゼロではない。
 「深海熟成、面白いでしょ。海水の振動で瓶が揺れ続けて、お酒がマッサージされるイメージです。味がまろやかになるんですよ。漁師さんたちと一緒に実験しています。現場には様々なテーマやニーズが転がっているので、こうしたら楽しいかも?こうしたら改善できる?とか思いつくことが多々あります。定置網の網洗いもそう。負担が大きい作業ですが、効率化する方法はありそうだぞと、エンジニアの血が燃えてくる(笑)。こういう研究に取り組むのは御礼でもあります。ここで暮らしていると、地域に支えてもらっていることをすごく感じる。なので、僕の技術で島全体の課題解決につながる何かが出来るとしたら、それは僕なりの“恩返し”です」

 島の仕事にどっぷり浸り、いくつもの現場を深く知る。その上で、時には島内のリソースをつなぎあわせ、これまで培ってきた技術力やコンサル経験を活かして、雪野さんなりの視点と発想で新しい価値を生み出してゆく。複業だからこそ出来ることだ。
 「都会の若い子がワクワクして移住したくなるような、この島ならではの“映(ば)える仕事”をつくりたいですよね。そのためには、まずは僕が面白がって働くことかな!…働き過ぎに注意?いや大丈夫ですよ、妻や娘とのんびり花鳥風月を味わえることが僕の最大の幸せだと、もう分かっていますから」
 ストイックに、でも軽やかに楽しげに。誰とも違う、自分だけの人生を複数の仕事で“編み”、働く自分も周りも良くなっていくパラレルワーク。
 この島で雪野さんの“実験”は続く。すぐそばに家族の笑顔を感じながら。

雪野 瞭治さん
雪野瞭治さん
兵庫県三田市出身。生まれはインドネシア。高専で障がい者の暮らしをサポートする福祉工学を学び、大学では半導体技術を応用した医療診断技術を研究。博士後期課程を修了した工学博士。東京の戦略デザインコンサルティング会社に約1年半勤務した後、2020年11月に家族と共に海士町へ移住。2021年から海士町複業協同組合でパラレルワーカーとして働く。サイエンスのみならずアートや感性の世界を深く愛し、愛娘を溺愛するチャーミングな一面も。 ※掲載記事は取材時点の情報となります。

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