しまね趣味時間

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美しいだけでも、
わかりやすいだけでもない
カメラを片手に暮らす毎日は、
いつも〝何となく心地がいい〟

生まれ育った松江に戻り、
バランスの取れた生活をしながら
写真家として表現の道を歩み続ける。
それが杉村知美さんの選択だ。
その眼差しは、ゆったりと時間が流れる
ふるさとへ向けられている。

 幼い頃から美術が好きで、岡山県の大学でグラフィックや映像など多様な分野に触れた杉村さん。その中で出会ったのが写真だ。今では掛け替えのないものになっている。
 大学院へ進み、修了後は岡山県に留まり写真家に。アルバイトをしながら撮影や制作、カメラマンの仕事をしていた。軸足を地元に移そうと決めたのは30代に差し掛かったころ。創作と仕事のバランスに思い悩み、環境の変化が必要だと考えた。「大きなきっかけがあったわけでなく、何となくそろそろかなと。きょうだいの中で誰が実家に残るのか…これまで家族に自由にさせてもらったのだから私が…、という思いもあり。発表の機会なら、どこにいても自分で作れるはず。写真を撮り続けるなら、岡山でも島根でも大きな違いはないと思いました」

 写真は、人や仕事との結び目にもなった。大学の卒業制作のために帰省して撮影したり、SNSで作品を公開したりする中で、島根県内の学生やUIターン者との出会いがあった。その中にいたのが今の職場の上司。杉村さんがUターンすると知り、誘ってくれたのだ。写真の活動や副業に理解があり、自由度の高い勤務形態を提案してくれた。カメラのスキルは、担当するプロジェクトの記録や取材など、職場でも活かされている。
 「岡山にいても、写真をきっかけに島根と繋がれたから『帰ろう』と思えたのかも。私が知り合った島根に住む人たちは、趣味でも仕事でも、自分で居場所をつくって居心地よくしている人ばかり。そういうのも安心感がありました」。写真が島根と杉村さんを再びつないだのだ。

 終業後や休日は自分のペースで撮影や制作を行う。自宅で静物を撮影したり、風景を探してそぞろ歩いたり、友人らと出かけた先で何気ないシーンを切り取ったり…。杉村さんの作品は、特定の場所やモノを印象付けるのではなく、フォルムやイメージそのものを心に浮き上がらせる作用があるようだ。アクリルのキューブに写真を閉じ込めたシリーズなども手掛ける。
 好きな場所を聞いてみると、「ありきたりですけど、宍道湖!通勤で毎日見るけど、同じ風景はなく、ただきれいなだけじゃない」と言う。晴天時は鏡のようだが、強風の日は波が逆巻き、厳冬期は鈍色に濁っていることもある。その変化が面白いそうだ。「夕日一つとってもそう。観光客がイメージするようなわかりやすい夕景ばかりじゃない。職場から帰る途中、車をとめて撮影することもあります」。単純に美しいわけでも、わかりやすいわけでもない。そんな宍道湖のある松江は、杉村さんのスタイルに合っているのかもしれない。

 松江市だけでなく、県内の小さな市町村にも魅力を感じている。「仕事で津和野や益田などを巡り、どの町も景色や空気感が全く違うことを知りました。当たり前だけど、〝島根〟でひと括りにはできないんですよね」。杉村さんにとってそれぞれの地域の輝きは、具体性のあるものではなく、漂う空気のようなもののようだ。「はっきりとどこがキレイ、ということではないんです。例えば吉賀町。静かな街に小さなかわいい橋がかかっていたりして。歩いていると誰ともすれ違わなくて『ここ、人がいないんじゃ…?』なんて思うこともあるけど、場所ごとにそれぞれの暮らしがある。これからはそんな中でも撮影してみたいです」
 写真や絵画など表現活動が趣味の人は、杉村さんのように島根を拠点にしてみるのも良いかもしれない。刺激の多い都会とは異なる、自分だけの価値観と視点が生まれるはずだ。

 今後は、地元の仲間や高校時代の美術部仲間と一緒に発表の場を考えている。写真の楽しみ方を伝える活動も構想しているそうだ。「スマートフォンで撮った写真は、データのままでしまいっぱなしになりがち。写真は選んで見える形にすると〝残る〟んです。選ぶ中で撮ったときに気づかなかったことが発見できるのも楽しい。どうやったらそれが伝わるかな…とぼんやりと考えています。写真ってもっと楽しいよって、伝えていきたい」
 杉村さんの作品は、彼女の眼差しそのものだ。日々の中で、その眼差しはふるさとにも向けられている。「島根は時間がゆったり流れていると感じます。子どものころは意識したことはなかったけど、〝何となく心地がいい〟何かがずっとあるんですよね」。時代の流れの中で、住む人も価値観も、風景も変わっていく。それでも時間の流れの穏やかさと心地よさには、変わらない何かがあるのだ。それを知る杉村さんだから伝えられるものが、きっとある。

杉村知美さん
杉村知美さん
島根県松江市出身。岡山県立大学デザイン学研究科修了後、写真家として活動。2020年にUターン。同年11月、今井美術館(江津市)で太田章彦氏と写真展「距離と感覚」を開催。教育関係の団体に勤務しながら創作活動を続けている。 ※掲載記事は取材時点の情報となります。

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