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都会を離れて農の世界へ
自分の意志と責任で生きる喜び

飯南町にIターンして5年目の川住京介さんは、
主にパプリカを育てる農家だ。
一度は都会で就職したが、「性に合わない」と、
居場所も仕事も変える決心をした。
3年の研修を経て「こせちゃ農園」の屋号で独立。
移住先に飯南町を選んだのは偶然だと明かすが、
それも必然だったかと思えるほど、
今の暮らしの満足度は高い。
融通のきかない自然相手に
試行錯誤を繰り返しながらも、
「幸せです。今は自分らしく働けているから」
と清々しく笑う。

何かに導かれるように繋がった、
〝島根で農業〟という選択肢

 2020年に独立就農し、野菜づくりのプロとして農園を営む川住さん。だが前職はまさに“畑違い”だった。大学と大学院で機械工学を学び、首都圏の重機メーカーに就職。製造工場で2年、販売促進部門で1年働いたが、3年で限界がきた。
 「都会でのサラリーマン生活はとにかく性に合わなかったですね。最後の年は都心の本社勤務で、デスクワークばかりの毎日が苦痛で。今思えば、自然との関わりが一切無いことも辛かったのかな。あと、集団で動くよりも自分の考えで自由にやりたいという気持ちが抑えきれなくなりました」
 会社を辞めて実家の近くで新しい仕事に就こう。意を決した川住さんは、東京で開催された移住促進イベントに参加。農業に挑戦しようと閃いたのはそのイベントでのことだ。注目したのは島根県。ふるさと広島ではなく島根に惹かれた理由は、新規就農を志す者への支援が手厚いと感じたからだった。
 「就農を検討する人のために島根県が実施している現地見学バスツアーがあり、その場で申し込みました。それが飯南町とのご縁のきっかけ。行き先が飯南町だったのはたまたまなんですが、実際に訪問してニンジン収穫の現場を見たり地元農家さんと話をしたりしてイメージがわきました。支援制度について町の職員さんに色々と聞き、ここなら農業をしっかり学んで独立できそうだと、移住を決めました。実家にも近いですしね」

 飯南町は広島県との県境にあり、標高400~500mの高原地帯。町域の約90%が林野で、主要産業は農業だ。就農支援に力を入れる島根県の中でも特にサポート体制が充実した町として知られ、農家や農業法人での研修受け入れや技術向上のための講習、農地や空き家の確保、ビニールハウス等の施設整備に使える助成制度など様々な支援策を用意している。川住さんは、研修の最初の2年で先輩農家から基礎的な栽培技術や営農知識を習得。複数の品目を教わる中でもパプリカで勝負しようと決め、次の1年はパプリカ専業農家で修業。研修終了後はハウス4棟(作付面積約1000㎡)を借り、2020年春に自営の「こせちゃ農園」をスタートさせた。
 「パプリカを選んだのは、価格変動があまりなく、高く売れるから。町の振興作物として栽培が推奨されているので生産拡大のための助成金があるのも大きいです。国内で流通しているパプリカは輸入品がほとんどですが、自然豊かな飯南で育てた新鮮なものを提供できればきっと売れると考えました。赤や黄色の鮮やかな色も好きですし、そもそもパプリカって美味しいですよね!『こせちゃ』の意味ですか?実はスペイン語で“収穫”です。良いものがたくさん取れるよう願いを込めて」

 その言霊のおかげか、川住さんのパプリカは大きくて肉厚。丁寧に管理するので見た目も綺麗で、甘くて美味しいと初年度から評判も上々だ。出荷する直売所ではファンもできた。道の駅に併設の産直市「ぼたんの郷」から、「お客さんから好評だからまた出してね」とリクエストの電話が初めてかかってきた時には、何ともいえない喜びを感じたそうだ。
 現在、ハウス4棟に赤と黄色のパプリカが約1300本。2022年中には別の場所に新ハウスを建て、そこでもパプリカを育てる予定だ。ニンニク等を育てる露地の畑も約10アール(1000㎡)あるが、「まだ狭いほう。慣れてきて作業も年々スピードアップしているし、もっと広げたい」と、耕地拡大に意欲を見せる。

 野菜づくりに大切なのは土だ。「もともとの土が良かったから栽培もうまくいったんです」と言うが、本来の地力に加えて自分でも工夫して、独自の土づくりに精を出す。連作障害を防ぎ病気の出にくい健康な土にするため、堆肥や腐葉土、菌を混ぜ込む。一人でやるので丸3日かかるが、品質の良さにつながる手応えを感じており、晩秋のパプリカ収穫後に必ず行うことにしている。
 とは言え農業は難しい。たとえ最高の土を用意できたとしても、気候変動や虫害、獣害など何が起こるか分からず、思い通りにいかないこともしばしば。それでも、農業を生業に選んで良かったと思っている。
 「何より、自分の考えでやれることが一番いい。すべての計画と実行が自分の意志と責任で行える。まさに自営の良さを噛みしめています。自然はままならないと言っても、頑張れば成果が出るのも事実。手をかけただけ農作物が応えてくれるのは楽しいですね」

田舎ならではの
人の温もりに心安らぐ

 農の喜びに加え、小さなコミュニティで暮らす心地よさも実感している。移住した当初から、まるで幼い頃に遊びに行った祖父母の家のような懐かしさを感じていたそうだ。
 「きっと原風景に近いんですね。ふらっと誰かが訪ねてきて軒先で長話をしたり、ご近所同士で協力しあって田植えや稲刈りをしたり。そういえば隣のおばあちゃんが、うちの庭に生えてたニラを勝手に取ってニラ玉を作って持ってきてくれたことがありました。いい意味のお節介(笑)。スーパーが早く閉まったり娯楽施設が無かったりと不便も多々ありますが、街が恋しければ少し足を伸ばせばいいだけ。最近は集会所にカラオケセットが設置されたり、工夫次第で楽しみも増やせる。ここは丁度いい塩梅の田舎だと思ってます」
 人づきあいの濃さや地域内での助け合いは小さい町ならではだ。移住から就農までずっと親身になって相談に乗ってくれた飯南町役場の担当者、大江さん。研修で農業のイロハを教えてくれた師匠たち。何人もの“恩人”の顔が浮かぶ。最初の研修先では、神楽や祭りの楽しみ方、消防団活動の大切さなど、地域に溶け込むコツも教わった。農業を頑張り続けるためにも、この土地になじみ、安心できる人間関係を築くことは欠かせないのだ。

当たり前のサイクルを
淡々と繰り返す中で、
自分の幸せも育つ

 川住さんを包むのは、畑の土の匂いと、温かい人間臭さ。根や芽を出して育ってゆく野菜たちを見守りながら、自分自身もこの土地に根を張り、人と繋がり、じっくりと生きてゆく。「朝早く起きて、畑仕事をし、夜は早く眠る。そんな当たり前を繰り返すことが心地いい。このサイクルを大切にしたい」と川住さん。飯南町での暮らしは自分が求めるものだったと、心から納得している。
 積雪で農業ができない冬期に限っては、夜勤の除雪作業員として働くため生活は昼夜逆転する。その除雪作業も“自然相手の格闘”という意味では農作業と同じだ。
 「雪相手だから突発的に作業が発生することもあり、正月の帰省より除雪のシフト優先です。自然には逆らえないという点は農業と似ている。でもこういうの、しんどいんですけど、僕にはしっくりきています。自然のリズムを受け入れながら働くのが好きなのかな」

 2022年春には農家として3年目に突入する。安定した経営に向けて課題は多いが、すべて伸びしろだ。体だけでなく頭を使うのも農業では必須。目下のテーマは、作業の効率化と資材の見直し等によるコストダウンと、栽培作物の多品目化、そして販路の拡大。
 「これまでは敢えて必要以上に手間をかけてきましたが、今後は最適化する。野菜の品質を保つのは大前提として、手間をかけるところとそうでもないところのメリハリをつけて時間のゆとりを生み出したい。余暇を増やしてやりたいことがあるんです。それはバイク旅行!もう1年以上乗っていないので、今年こそはと。今は決まった休日がなく仕事とプライベートの境目が曖昧なので、だからこそ仕事に偏らないように…ほどほどに働いて趣味の時間も持てて、それで食べていけたら最高ですね。ここでなら実現できそう」
 答えの無い農業の世界へ飛び込み、自分のペースを掴みつつある川住さん。“何でも自分次第”の醍醐味を味わいながら、今日も畑へ向かう。

川住 京介さん
川住京介さん
広島県広島市出身。「こせちゃ農園」経営者。大学で機械工学を学び、大学院修了後に千葉県の重機製造販売の会社に就職するが3年で退職。実家の近くで就農しようと2017年に飯南町へ移住し、3年の農業研修を経て2020年に独立。主要品目はパプリカ。収入拡大と経営安定を目指しつつ、マイペースと自分らしさも大切に、自然と向き合う農業人として日々研鑽を積んでいる。 ※掲載記事は取材時点の情報となります。

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