海の見える宿から広がる
家族と街の未来づくり

SCROLL

幼い日の記憶が宿る祖父母の家を受け継ぐため、
東京から島根県浜田市へ移り住んだ齋藤さん一家。
現在は古民家を改装した宿を営み、
家族とともに日々の暮らしを楽しんでいる。
「何年経っても、この町の自然に感動します」
と語り、
その魅力を宿泊客へ伝えながら、
理想の街づくりを思い描いている。

「いつか自分がこの家を」
幼少期に刻まれた、島根の原風景

建物一棟を貸し切り、自由気ままに余暇を楽しむ。そんな別荘気分が味わえるスタイルの宿が近年人気を高めている。浜田市で齋藤さんが経営するのも、そんな一棟貸しの宿。海の見える漁師町に佇む「小倉屋」を筆頭に、現在7棟の宿を手掛けている。

小倉屋という名は、古くから地域で親しまれてきた屋号であり、かつては齋藤さんの祖父母が暮らしていた。神奈川県生まれの齋藤さんは、幼い頃から夏休みになると両親の出身地である島根を訪れ、近くの海や山奥の清流に飛び込み、田んぼの畦道を駆け回り、サバイバル気分で大自然と戯れた。休み明けに同級生と再会すると、「都会で遊んでいた彼らと違い、自分は本物の自然と闘ってきたという優越感さえ覚えた」と笑う。そうして毎年のように小倉屋で夏の思い出を育み、それと同時に、長男としていずれこの家や土地を自分が受け継ぐのだろうという漠然とした思いも芽生えていった。


やがて結婚し、東京で仕事に追われる毎日の中で、空き家となった小倉屋のことが心のどこかで気にかかっていた。「父も高齢となり、自分がなんとかしなければと思いつつ家族にも相談できず、モヤモヤしていました。そんなある日、妻が『そんなに気になるんだったら、島根に引っ越す?』って言うんです。え、いいの?!って感じでしたね」と齋藤さん。妻の繭子(まゆこ)さんは当時を振り返り、「そのことで夫が思い悩んでいることは気づいていたので、ちょっと試しに聞いてみたんです。そしたら思った以上に食いつかれました」と笑って話す。そしてその一言が転機となり、齋藤さん一家は2020年に浜田市に移住した。

家族と猫と、
浜田で得られた穏やかで楽しい日々

現在、齋藤さん一家は小倉屋から少し離れた市内の住宅街に家を構え、繭子さんと3人の子どもたち、そして2匹の猫とともにのんびりと暮らしている。「移住前よりも家族一緒の時間が増えて、何気ない毎日が本当に楽しい。浜田は田舎と都会のバランスがいいですね。自然が身近にある一方で、スーパーなども近くにあるので不便は感じません。海や山や温泉が、家族の特別な旅行ではなく、ちょっと出かける感覚で行けるのは本当に贅沢だと感じます」

繭子さんは有機野菜を育てる農家で働き、最近では狩猟免許も取得したというから驚く。心配していた3人の子どもたちも、島根での新しい暮らしにすっかり馴染んでいるようだ。「妻も子どもたちも東京生まれ東京育ちですが、想像以上にこっちの暮らしに慣れてくれました。今こうして宿の事業が続けられるのも家族の協力あってこそ。本当に感謝しています」と齋藤さんは話す。


子育ての面でも印象深い出来事があった。長男が小学六年生のとき、小学校の運動会でチームリーダーに選ばれたのである。もともと積極的にリーダー役を担うタイプではなかったが、挑戦して「すごく楽しかった」と話したという。「東京の学校は生徒が多いから、あっちにいたら自分がやることはなかったと思う。でもこっちは生徒が少ない分、みんな何かしらの役割があるんだ。やってみないと気づけなかった経験ができてよかった!」と息子が語ったその言葉が、とても嬉しかったと齋藤さん。
その経験を経て、長男は中学生となった現在、生徒会長として公約の実現に向けて生き生きと活動している。移住によって、息子が新しい自分を見つけ、新たな居場所を得ることができた好例であると齋藤さんは感じている。

人が少ないからこそ生まれる、
助け合いの風土

複数の宿を管理する日々では、一人で対応しきれないことも多く、周囲に助けを求める場面もしばしば。困ったときには、農家や漁師、仲買人、職人など地域の人たちが惜しみなく力を貸してくれるという。「移住前は、地域に受け入れられないのではと不安もありましたが、まったくの杞憂でした。困った時に快く助けてくれる方たちには感謝しかありません」と齋藤さんは語る。

この日も相談事のため、普段から齋藤さんと関わる仲間たちが小倉屋に集まっていた。「感謝はお互い様。齋藤さんがこの町に来てくれたおかげで、こうした素敵な場所が生まれ、新しい体験や関わりができた。私たちにとってもありがたいことですよ」「齋藤さんは自分だけが良くなればいいのではなく、みんなで一緒に良くなり、街を元気にしていくことを本気で考えてくれる。だからこれからも一緒に何かしたいと思えるんです」。口々に語られるメンバーたちの言葉から、齋藤さんの人柄と地域の人たちとの信頼関係がうかがえる。


浜田市でも人口減少や過疎化は深刻な課題である。しかし、長男のエピソードにもあるように、人が少ないからこそ役割を分担し、協力し合う空気が育まれている。一人ひとりが得意分野や個性を持ち、かけがえのない存在であることを感覚的に理解し、互いを自分ごとのように支え合う。その風土こそ、島根の魅力である。「あなたがいなくなると困る」と互いに尊重し合える環境は、人が心豊かに生きるために必要なことを教えてくれる。

子どもたちの未来のために、
自由に選択できる街づくりを

齋藤さんが移住を検討した際、最も苦労したのは仕事探しであった。自分のキャリアを生かせる職種が少なく、選択肢の乏しさを痛感したという。「今の子どもたちが大人になったとき、『ここに残りたいと思っても仕事がないから都会へ出るしかない』と、そんな消極的な選択だけはしてほしくない」と齋藤さんは語る。都会へ出たい子は出ればよい。だが、地元を愛しているのに、働く場がないため離れざるを得ないのは、あまりに惜しいと感じている。「そのためにも、多様な職業が成り立つ街づくりが大切だと感じます。いろいろな業種の人が集まって一緒に盛り上げて、少しずつ忙しくなれば人手が必要となり、自然と職種の幅も広がっていく。そうなれば仕事を選べるようになり、誰もが自由に選択して暮らせる街になると考えています」。そんな未来を思い描くことは、齋藤さんにとって夢であり、実現すべき目標でもある。


小倉屋の窓からは青い海が望め、目の前の岩肌には植物が力強く伸びている。「この景色が大好きで、透き通る海の美しさには移住して五年が経った今でも感動します。もっとも、地元の人にはこの感動があまり伝わらないようです(笑)。僕自身、鎌倉出身ですが、人から『鎌倉っていいところだよね』と言われても実感が湧かなかった。“当たり前の素晴らしさ”に、人はなかなか気づかないものです。だからこそ浜田の良さは、外から来た自分が伝えていきたい」と語る。
宿泊事業を通じて、地元の人さえ見過ごしがちな浜田の美しさを伝えながら、家族や仲間たちとともに少しずつ、あくまでも楽しみながら、夢の実現へと歩みを進めている。

田畑卓郎さん
齋藤慎介さん
神奈川県鎌倉市生まれ。両親は島根県出身で、父方の祖父母の家を受け継ぐため2020年に浜田市へ移住。現在は古民家を活用した一棟貸し宿を7棟運営し、家族5人と2匹の猫とともにのんびりと日々を楽しんでいる。 ※掲載記事は取材時点の情報となります。

他のストーリーをもっと見る

一覧に戻る

Recommend

島根での暮らしに興味があるあなたへ 暮らしに関わるもっと具体的な情報は こちらから。

くらしまねっと しまねで暮らす、働く。

※くらしまねっとは、島根県の求人情報をまとめて検索できる県内最大級の求人件数を掲載する移住情報ポータルサイトです。