「自由な暮らし」を求め、
横浜から島根県邑智郡川本町へ
家族で移住した深野さん。
深い緑に抱かれた山あいの一軒家で暮らし、
最寄りのスーパーまでは車で10分以上。
一見「不便」にも思えるこの土地で、
地域の人たちのあたたかさに支えられ、
都会では味わえない田舎ならではの
贅沢を楽しんでいる。
理想の暮らしを求めて
故郷・島根へUターン
暖炉に薪をくべると、ほんのり立ち上る木の香り。火の粉が弾ける音が部屋の中に響き、やわらかな熱が冷えた身体をじんわりと暖めてくれる。そんな暮らしに憧れを抱く人も少なくないだろう。薪の確保や煙の問題を思えば、都会ではなかなか叶わないかもしれないが、田舎なら決して難しくはない。
深野さんは横浜から川本町へ家族とともに移り住み、そんな暖炉のある暮らしを実現している。出身は江津市で、移住前は横浜で13年間救急救命士として働いていた。島根へのUターンを決めたのは、浜田市出身の妻と家の購入を考えていた時のことだった。「神奈川では、自分たちが思い描く理想の暮らしができる場所が見つからなかったんです。住宅が密集しているような場所では、例えば庭でバーベキューをするのも簡単じゃないですよね。それじゃあ、きっと自由じゃない。妻も同じ思いだったので、島根に帰ろうと決めました」
移住先に選んだのは、川本町の湯谷地区。山あいの小さな集落にあった築50年以上の一軒家を購入し、自分たちの理想の住まいを描きながら、地元の工務店とともにリノベーションしたという。
自宅から最寄りのスーパーまでは車で10分以上。夫婦の出身地である浜田市や江津市の市街地の方が便利で暮らしやすそうだが、なぜ、あえてこの地を選んだのか?そう尋ねると、深野さんは少し笑ってこう答えた。「単純に、この地区の雰囲気が良かったからです。便利さを求めるなら、そもそも帰ってきませんよね。田舎暮らしがしたくて移住したので、この地区か商店街のある地区かなんて、便利度でいえば100点中5点か7点かみたいな、小さな違いにすぎないですから」


地域のあたたかい手と自然が
子どもたちを一緒に育んでくれる
現在、深野さんは妻と小学生の子ども2人の4人暮らし。春はタケノコ掘りや裏山での山菜採り、夏は海水浴と、家族で四季折々の自然を楽しみながら暮らしている。「食卓ひとつとっても、田舎ならではの良さを感じます。山菜の煮物に鮎の塩焼き、それに炊きたての地元産のご飯。自分たちで採ったりいただいたりして、今日の夕飯は買ったものが何もないね〜なんてことも珍しくありません。贅沢ですよね。まあ、子どもたちは時々『ハンバーガー食べたい!』なんて言ったりもしますけど(笑)でも、お店が少なくて不便だと感じたことはありません」。家族とともに過ごす日常の中で感じる豊かさこそが、今の暮らしで得られた幸せだと深野さんは語る。
さらに、この地域は子育て環境にも恵まれている。邑智郡では給食費や子どもの医療費が無料など手厚い助成があり、子育て世帯にとっての安心感は大きい。「この自治会では、20年近く子どもがいなかったと聞きました。だから僕たちが越してきた時は、地域のおじいちゃんおばあちゃんたちが本当にあたたかく迎えてくれて。敬老の日なのに『私たちより子どもたちに何か渡してあげて』なんて言ってくださるんです(笑)地域全体で子どもたちを見守ってくれているようで、本当にありがたいです」


支え合いで生まれる
仲間や地域とのつながり
深野さんが勤めるのは、川本町内の「加藤病院」。地域の基幹病院として住民の健康を支える現場で、救急救命士としての役割を担っている。往診にも出向き、近隣の人たちの暮らしに寄り添いながら医療に携わる日々だ。
「横浜時代と仕事内容はまったく違いますが、今のほうが働きやすいですね。朝起きて、夜はきちんと眠るというサイクルができています。都会にいた頃は忙しくて気持ちがギスギスすることもありましたが、今は緊張感の中にも余裕がある。職場の皆さんも良くしてくださり、恵まれていると感じます」
仕事だけでなく、地域のコミュニティにも積極的に関わり、今年からは自治会の班長も引き受けた深野さん。Uターン、Iターンで移住してきた仲間たちとのつながりも生まれ、家族ぐるみでの「宅飲み」を楽しむこともしばしばだ。この日も夜になると、深野さんの家に仲間たちが集まり、他愛のない会話が飛び交うにぎやかな時間が始まった。
「コウちゃんは今、地域の子どもたちに柔道を教えてくれてるし、救急救命士だしね。もうこの町のスーパースターだよ」。そう笑うのは、東京からIターンした仲間のひとりだ。「僕だって、狩猟を教えてくれる人や、えごまの栽培を教えてくれる人…本当にいろんな人に助けてもらってます。皆さんこそスターですよ」。照れくさそうにそう返す深野さん。互いの強みで支え合うつながりが、ここにはある。いつも誰かが気にかけて、自然と手を差し伸べてくれる―そんな思いやりの心が息づいている。


田舎暮らしは考え方一つ
本当の「自由」とは
リビングの一角に鎮座するスタイリッシュな暖炉の前で、日々の暮らしのエピソードをゆったりと語る深野さん。「冬の暖炉はいいですよ。こっちに来て一度停電がありましたけど、これがあれば暖も取れるし、料理もできるし、光もある。全然困らなかったですね」。そう言って、深野さんは静かにキッチンへ向かい、淹れたてのコーヒーと手作りのケーキを運んできてくれた。この日のために、自ら焼いてくれたというケーキだ。部屋の中に、コーヒーの香りが心地よく広がる。このひとときだけで、深野さんの暮らしの豊かさが伝わってくるようだった。
都会より田舎のほうが楽しいと感じる理由を尋ねると、深野さんは迷いなく「自由度ですね」と答えた。「多くの人が、田舎は“不自由”だと思っている。確かに都会にはいろんなお店があって、遊園地や動物園、ゲームセンターも夜のお店もあって、そこから選ぶ楽しさがある。その仕組みに乗って生きている人からすると、選択肢が少ない田舎は楽しくないと思います。でも、選択肢が多くても、“あるものの中からしか選べない”のは不自由だと僕は思っていて。田舎には、“考えれば何でもできる”という自由さがあるんです。
仕事にしても、年収一千万円くれる企業はこっちにはそうそうないかもしれない。でも無いものが多いぶん、ブルーオーシャン的な競争の少ない環境と見れば、それをビジネスチャンスと捉えることもできる。結局のところ考え方ひとつなんです。それに今はネット社会だから、欲しいものは家に届くし、どこにいても人とつながれる。昔ほど距離なんて感じません」
深野さんは移住を機に狩猟免許を取得し、獲物を自ら捌くことにも挑戦するなど、暮らしの幅をどんどん広げている。「自分で考え、自分で作り出す」その自由こそが、深野さんの選んだ田舎暮らしの醍醐味である。


- 深野幸太さん
- 島根県江津市生まれ。高校を卒業して兵庫県に進学し、その後は横浜市内の消防署で救急救命士として勤務。2021年、浜田市出身の妻と2人の子どもとともに島根県邑智郡川本町へ移住した。現在は町内の基幹病院で救急救命士として働きながら、家族とともに新しい暮らしを満喫している。 ※掲載記事は取材時点の情報となります。