島に生き、牛と向き合う
西ノ島で夢を育てる日々

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島根県の隠岐諸島では、
古くから放牧による畜産が行われている。
河路さんはその景色に心を動かされ、
愛知から西ノ島町に移り住んだ。
JA職員として畜産農家とともに歩み、
地域の人たちとの交流を重ねながら、
いつか自らも牛を飼うという夢に向けて
一歩ずつ道を拓いている。

放牧の原風景に魅せられて
隠岐で働くことを決意

西ノ島を目指し、フェリーに乗って夏の大海原をゆくこと約二時間半。青く透き通るような海に囲まれた島に降り立つと、穏やかで澄んだ空気が広がり、時間がゆっくりと流れ始めるのを感じる。

この島に暮らす河路さんは、愛知県出身。幼い頃から動物が好きで、一時は動物園の飼育員を目指したこともあったという。やがて興味は畜産の分野へと広がり、高校時代には「動物と関わりながら、人の暮らしにも役立てる仕事がしたい」と考えるようになった。そしてその想いを胸に、畜産学を学ぶために島根大学へと進学。修士課程では、放牧畜産に注目し、調査のために隠岐を訪れる機会を得る。これが、河路さんの「西ノ島物語」の始まりとなった。

「初めて隠岐を訪れたとき、島の草原で潮風に吹かれながら、牛の親子が草を食べている、そんなのどかな光景を目の当たりにして心を奪われました。卒業したらこの島で働きたい、 自分もここで牛を育ててみたいと思うようになりました」と、当時の想いを振り返る。大学卒業後はその想いが縁を引き寄せ、島根県農業協同組合(以下:JA)西ノ島支店に就職。2023年4月に西ノ島へ移住し、現在は島の畜産を支える一員として働いている。

草原でくつろぐ牛と馬
西ノ島に息づく放牧文化

西ノ島の放牧の歴史は古く、およそ800年前から行われていたといわれる。島の面積の約半分が放牧地として活用されており、その多くが「公共牧野」として町が管理しているのも特徴。島の人々が土地を守り育てる文化が、今も息づいている証ともいえる。

島特有の険しい地形や起伏に富んだ環境は、放牧される牛たちの足腰を自然と鍛える効果もあり、健康的な飼育につながっているという。春から秋にかけての放牧シーズンには、島内の至るところで草を食べる牛たちの姿が見られ、訪れる人々の目を楽しませている。風景の一部として溶け込むその姿は、観光資源としての価値も高く、島の魅力を語るうえで欠かせない要素である。

隠岐を代表する景勝地「国賀海岸」も、こうした放牧地帯のひとつ。日本海の荒波によって削られた断崖や奇岩が連なり、その上には一面の牧草地が広がる。青い海を背景に牛や馬がのんびりと過ごす光景は、まるで一枚の絵画のように美しい。「いい意味で日本らしくない、この雄大な風景が大好きなんです」と河路さんは笑顔で語る。隠岐には熊やイノシシといった野生動物が生息しておらず、放牧された牛たちは外敵におびえることなく、安心して草原で過ごすことができる。さらに、島の豊かな自然が育む草を主な餌とするため、餌代も抑えることができる。経済的にも理にかなった飼育環境といえるだろう。

農家さんとのつながりが
畜産の夢を後押しする

西ノ島町には、およそ30件の畜産農家がある。河路さんは職員として日々農家と関わりながら、さまざまな畜産業務に携わっている。その中でも重要な役割のひとつが「人工授精」だ。大学時代に家畜人工授精師の資格を取得した河路さんは、職場内に2名いる授精師の一人。交代制で月に10〜15件ほどの人工授精を担当し、雌牛の発情のタイミングを見計らって種付けを行う。

「農家さんから連絡をもらって、雌牛の状態を確認して人工授精をします。始めてからもう1年になりますが、自分が関わった牛が無事に受胎し、やがて子牛が産まれて育っていくのを見ると、やっぱり感慨深いですね」。そう語る表情には、畜産現場の一員としての責任とやりがいがにじんでいた。


業務を通じて島内の畜産農家と交流を重ねる中で、河路さんは「いつかは自分もこの島で畜産を始めたい」という思いを強くしている。その夢を農家の人たちにも打ち明け、経験豊富な先輩たちからアドバイスを受ける日々だ。「牛に関わる仕事がしたくてこの島に来たので、仕事の合間や休日に農家さんと交わす何気ない雑談も、自分にとってはすべてが学びです。皆さん本当に親身になって教えてくださるので、ありがたい環境にいると感じています」と語る。

隠岐でも畜産農家の高齢化は年々進行しており、担い手不足が深刻な課題となっている。そうした中で、河路さんのように畜産に情熱を持ち、島外から移住してきた若者の存在は、地域にとって貴重な存在だ。「県外から若い人が来て、しかも畜産に興味を持ってくれるなんて本当にありがたい。自分たちで教えられることなら何でも伝えたいし、応援したくなるよね」「真面目に取り組んでくれる姿勢が伝わってくる。我々にとって、こんなに心強いことはない」と、親しい農家の人たちは目を細める。

JA職員として地域との信頼関係を築きながら、着実に経験を積み重ねている河路さんは、農家の人たちにとっても島の畜産を次の世代へとつなぐ頼もしい担い手なのである。

島暮らしを楽しみながら
自分の居場所が増えていく

島に移住して3年目。生まれ育った愛知とは生活の環境も大きく異なるが、今ではすっかり島での暮らしにもなじんできた。仕事では地域の畜産を支える一方で、プライベートでは自宅で同僚とゲームや映画を楽しむなど、リラックスした一面ものぞかせる。

自宅アパートの目の前が海という環境もあり、最近釣りも始めた。河路さんが竿を垂らしていると、近くを通る漁師や近所の人が気さくに声をかけ、コツを教えてくれたり、世間話に花が咲いたりする。そんな様子を見て「お知り合いですか?」と尋ねると、「いえ、初めて会った人です」と笑う河路さん。「人と人との距離が近いのが、島暮らしの魅力のひとつですね。あんなふうに気軽に話しかけてくださって、すぐに顔見知りになれるので、移住者としては本当にありがたいです。生まれ育った愛知の地元よりも知り合いが増えたかもしれません」と、島の日常を楽しむ様子が印象的だ。


この日、西ノ島最大規模のまつり「由良比女神社例大祭」が行われた。奇数年の7月最終土日に開催されるこの祭りでは、夕方になると神社に男たちが集い、神輿を担いで浦郷港方面へと繰り出す。「チョーヤッサ、ホーラヤッサ」と威勢のいい掛け声が響き渡り、島の人たちも観光客も祭りの熱気に包まれた。やがて星空の下に大輪の花火が咲き、夜空を鮮やかに彩る。その神輿の列の中には、河路さんの姿もあった。聞けば、祭り当日に農家の方から声をかけられ、急きょ参加することになったのだという。「愛知の地元にいたらやらないようなことが、ここでは自然とできてしまうんです。貴重な体験をたくさんさせてもらっています」と微笑む。いつか、自分の牛をこの島で育てたい―。その夢を胸に、西ノ島へやってきた河路さんは、畜産の現場を支えながら日々の中で地域の人々とつながり、しっかりと歩みを進めている。

河路大毅さん
河路大毅さん
愛知県出身。高校卒業後に畜産学を学ぶため島根大学へ進学。在学中、研究の一環で隠岐の放牧畜産に触れたことをきっかけに、卒業後は西ノ島町へ移住。現在はJA職員として、授精師の業務をはじめ、島内の畜産に幅広く携わっている。 ※掲載記事は取材時点の情報となります。

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